きっと多分、死にたくはない。

 ども! 鬱之深夜です!
 みんな元気!? 僕は元気! って思ったら今日雨降っててめちゃくちゃ頭痛いし眠いし元気とちゃうやないかーーーーい! とかなんとか言うとりますけどもいかがお過ごしだいおまんたちということで本日の話題

「未成年、一人で精神科に行きたいの巻」


 まあ深くは言うまい。題名の通りですよ。

 俺っち一応未成年だからさ……何をするにも色々と親の同意とか同伴が必要なのよ……。
 もちろん親とはいろんな確執はあれどここまで育ててもらってるし正直自分の部屋がないってくらいでそれ以外の不自由はせずに生活させてもらえてるから感謝はしてるんだけどさ〜〜〜〜〜してるけど〜〜〜〜〜!!
 家族だから頼れない、なんてこと言ってもなかなか理解されないことだと思うけど、でもそういう家庭があるってことも知って〜〜〜〜〜!!!! どこの家でも普通に仲良しでなんでも話せてなんでも頼れる家だと思わないで〜〜〜〜!!!!

 あたいはめちゃくちゃ真面目な人間なので、家の中でも、親の前でも「元気な娘」っていうものを演じてしまうんですYO!
 だから俺っちがこんなブログ書いてるって知らないし、知ってても俺っちが創作が好きだからそのための創作活動をしてるってことくらい。
 メンヘラ垢があるなんて知るわけもないし、そもそも俺っちがXジェンダーってこともメンヘラってことすら俺のマンマは知らないのヨ。

 中学ン時は色々やらかしたりしたから流石に心の心配もされて心療内科にも行ったことあるんだけど、心療内科の担当医がめちゃくちゃ俺っちと合わなくて最終的に僕がブチギレて行かなくなった。
 マンマもほんとは僕が心療内科行きたいって言い出した時「別に必要なくない?」って感じだったので行かなくなったらなーんも言わなくなったしね。
 むしろ母子家庭で保険が効くから行かせてもらえてたってところはある。

 結局中学ん時は親も「ああもう好きにして」って感じで半ば諦めたから俺っちが学校行かなくても何も言わなくなったし、結果的に俺っちの心はとても元気になったからよかったんだけど……ま〜〜〜〜高校入ってもそうは行かんよね!
 むしろ余計に一回好き勝手して治って今があるって過程がある以上もっかいメンタルぶっ壊してます!なんて言えねーのよ!!
 あたいのできる精一杯は「合わない人がいる」とか「授業とか進路がめんどくさい」とかその程度の話しかできねえの!
 結局自分で選んだことだから親も「でもそれは自分でやるって決めたことだしね」って感じでなーーーーんも言ってこないワケよ?

 放置してくれてんのはありがてぇんだけど、外面が良いもんだから余計に内面に抱えてる黒いモンがでっかくなってきてる自覚が最近本気である。
 このままで自分は大丈夫なのだろうか、と思っている。
 きっとだいじょばないだろうな。いつ限界が来るかわからん。今日もネットニュースで自殺の疑いの報道が出て、「あー、僕も同じように自殺したいな」って気持ちがちくちくと触発されて、一歩でも足を動かそうもんなら正直すぐにだって死ねるくらいのメンタルの状態になった。
 まー、すぐそばにいい子のふりをしてなきゃいけない存在が居たからすぐにそれは抑えられたけど、もし一人だったらって考えるとどうなってたかは正直わからん。死体がもう一つ増えてたかも知れん。

 しかしこれは俺っちとして一つ言わせてもらいたいんだけど、ファッションメンヘラの僕だからこそ言わせてほしいんだけど、別に心の底から死にたいわけではない。
 というかむしろ、死ななくていいなら死にたくはない。ただ、死ぬしか手段がないんじゃないかって思うくらいには今の僕の周りの環境は非情すぎる。
 いっそ死んだ方がずっと楽なんじゃないか、いっそ死んだ方が気持ちが良いんじゃないか、いっそ死んだ方が、全部を終わらせられるんじゃないか。
 そう思ったら、なんかもう死ぬのが一番手っ取り早くて簡単で楽だと思ってしまう。
 人間なんてあっけなく死んじまう生き物なので、「死のう」という意志を持って死ぬ努力をすれば多分すぐに死ねると思う。誰だってすぐに。
 極論家に火をつければいいし、電車に飛び込めばいい。高いところから飛び降りればいいし、お風呂の中に沈めばいい。何か長いものがあればそれで首を絞めればいいし、薬があるならそれを全部飲めば良い。包丁があるならそれで心の臓でも貫けばいいし、餅でも食って喉に詰まらせればいい。
 死のうと思えば誰でも死ねる。簡単に死ねる。事故でだって死ねる。それでもまだ僕が生きてるのは、他でもない僕が心のどこかで「死にたくない」と願っているから。あるいは、「生きたい」と思っているからなんだよな。

 じゃあどうすればいいかって、第三者に助けを求めるのが俺っちみたいな人間にできることなのよ。
 でも一丁前に迷惑だけはかけたくないって気持ちが強いのも事実で、でも助けて欲しいって気持ちの欲求を叶えてくれるために「心療内科」だの「精神科」だのがあるってことも本人が理解してる。
 行けることなら行きたいし、何か病名がつくことで自分が落ち着くならそれが一番良いと思う。
 それをあたかも盾だの剣だのと振り翳すのはどうかとも思うけど、少なくとも自分が納得できる。
 自分がこんなに辛い気分になるのは鬱のせいなんだとか、自分は病気だから仕方がないって、自分で諦めが付けられることができればどれほど今よりも楽になるか。
 もちろん楽になるとは限らないし、そんなのは一時的なものであって、すぐに「こんなんだから」とか「何が病気だ」とかと面倒な拗らせ方をするにしても、それでも、少なくとも、今よりは良い気がする。
 今はまだ診断書も何もない状態で、自分の判断で僕は躁鬱なのかなって思っているだけであって、診断書がない以上これは本当にただの思い込みでなんともない普通にメンタル弱いだけの人って可能性もある。
 別になんともないです、ただのメンタル弱い人ですって分かればなんかもう笑えてきちゃうし、逆に診断書が出れば「ああそっか、そういうことだったんだ」とは思える気がする。
 今は何も保証がないから、「でもまだ大丈夫」っていう根拠のないアクセルを踏む。
 本当は大丈夫じゃないかもしれないのに。

 精神科だの心療内科にかかりたい気持ちがあってもそれができないのには色々理由があるけども、本人が「やばい」と自覚している上でいけないことに一つ大きな理由があるんじゃないかと思っている。
 未成年だけに限らず、精神科だの心療内科に通う人なら最初は全員かもしれないが「誰かの同伴」が必要なわけだ。
 僕みたいな未成年は「親の同伴」が確実に必要。電話すれば大丈夫みたいなところもあるらしいけど、そもそも心がヤベーって自覚がある奴に電話できると思ってんのか?
 もしかしたらメールができるところとかもあるかもしんねーけど、でも正直あんまり見たことはない。
 (どうでもいいけど自殺ホットラインとか試しに調べてみても電話対応ばっかでメール対応の画面全然出てこないからコイツら全然救う気なくて草みたいなこと思いました)
 自分の中で「やばい」と自覚できてるうちにそういう機関に受けることができたらどれだけマシになるんだ? という気持ちが実はあったりもする。
 本人が無自覚でやばくなったので精神科に連れて行きました、みたいなのを見るたびに思うんだけど、誰だって取り返しがつかなくなる前に確実に自分の中で「やばい」ってなる瞬間はあったと思う。
 本人が自分の中で「やばい」を留めてたんだけど、それが弾けて「やばい」が「普通」になって、結果的に「周りが見てようやく異変に気がつく」状態になってる→だから身内が手遅れの状態で精神科や心療内科に連れていくの図が出来てるんじゃないかと思ったわけですよ。

 本人が誰にも迷惑をかけてないうちに、本人自身が「誰かに助けられたい」って自覚があるうちに精神科だの心療内科だのは利用するべきだと僕は思ってるのね。
 だからこそ、一人で受診するって判断が認められても良いんじゃないかとも思うのよ。
 もちろん責任が生じることだからそれが難しいのかもしれないけど、「誰かに助けられたい」と思ってるのにどこにも行けない人は、誰にも頼らない人は、結局「誰にも迷惑をかけたくない」人だと僕は思ってる。
 僕が結局そうなんだよね。リア垢でも割と鬱イートをしてしまうんだけど、「大丈夫?」とか言われても結局相手の迷惑をかけたくないから「大丈夫! ありがとう!」で返してそれで終わり。
 なんなら、迷惑かけてごめんだとか見苦しいものを見せたとか、結果的に相手側を気遣う対応をしてしまう。助けられたくて発信してるはずなのに、いざ助けようと手を差し伸べられると相手の迷惑になると思ってしまうからさ。
 でもそういう時に「話を聞いてくれる専門家」っていう存在が行きやすい場所であれば、悪化は早い段階で止められるんじゃないのかなぁ、とか。未成年で精神科に通うことができないなりに思ってるよ。

 親のことは好きだよ。面倒見てもらってるし。頼れないわけでもないけど、迷惑を今以上にかけたくない。中学の時に色々と迷惑を一度かけてしまったから、だから今は楽しいっていうことにしておきたい。
 迷惑をかけたくないけど、救われたい気持ちだけは本当で、救われたいって思うってことは裏を返せば死にたくないってことで、だから僕は、未成年が一人でも病院に行くことが認められても良いんじゃないかと思う。
 お金の用意とかに親が必要になっちゃうのは分かるけど、その辺の問題もいつか解決できると良いのになぁ、と、思ったりもする。
 僕はさ、ファッションメンヘラであって、幸いなことにまだ「死にたい」と思うだけでそれを実行できるところまでは来てない。
 もちろんたまーに「あ、やばいな。これ死ぬな」って時があるけど、それでもこうしてここに文字が浮かんでるうちは大丈夫なわけ。
 でもこれがいつまで大丈夫なのか? もしかしたら明日にはいろんなものが切れてこんなのを書く余裕も無くなってるかもしれない。そんな可能性だってあり得る。全くないわけじゃないと思う。人の心なんて流動的なものだから、何があるかわからない。
 普通に生きてた人間が、明日いきなり自殺する可能性だってあるからさ、だからさ、僕は、もう少し、差し伸ばされた手を掴みやすい環境になって欲しいと思うよ。

 いつも通り話があっちこっち行って脈絡もない話になってしまったけど、僕は今の状況が辛いから、変わると良いなと思う。
 綺麗事に聞こえるかもしれないし、実際綺麗事ではあるんだけど、だけど、僕は、「死にたくないのに死んでしまった」人のことを考えると悔しいよ。
 死にたくないのに死んでしまった、死ぬ以外の方向が見えなくなってしまった、そんな人が少しでも減って欲しいと思う。
 綺麗事だけど、気持ちの悪い言葉だけど、所詮は自分のためだけど、世界は美しいだの楽しいだのとは言いたくないけれど、「まあ死ぬほどではないか」と思えるくらいの気持ちになれるような世界になって欲しいとは思ってしまうよ。

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